縄田 寛(ロイヤル・アデレード病院 心臓外科医)
貫くべきものを持つ
ロイヤル・アデレード病院 心臓外科医
縄田 寛(なわた かん)
ロイヤル・アデレード病院で心臓外科医として活躍する縄田さん。オーストラリアと日本の医療システムや文化の違いを受け入れながら、アデレードの患者、そして将来の日本の医療のために日々努力を続けている。
海外で技術を高める
日本の大学の医学部を卒業後、東京都内の大学病院で心臓外科医として10年にわたって勤務していた縄田さんがアデレードに降り立ったのは2011年2月。心臓外科医の数が多く、一外科医あたりの患者数や手術数が限られる日本を出て、海外でより多くの経験を積みながら心臓外科医としての技術を高めるチャレンジの始まりだった。
臨床の経験を積むために海外に出る医師は実際に少なくなく、アメリカやアジア、ヨーロッパなど活躍の場は様々だが、縄田さんが渡航先に選んだのは日本の医師免許が有効なオーストラリア。数年前まで同じロイヤル・アデレード病院で執刀していた大学の先輩の強い推薦もあった。
日本の良さと新しい価値観
日本の医師がオーストラリアで臨床を行うためには基準となる英語力要件を満たさなければならない。日本で臨床を行いながら英語の勉強を続けた分、渡豪までに時間を要した縄田さんだが、「日本でより多くの下地ができたため、かえってこちらの現場にも入りやすかったですし、それが実際の成果にも繋がっています」。
日本とオーストラリアには医療制度に多くの違いがある。例えば心臓手術後は日本では2週間ほどの入院が一般的だが、オーストラリアでは5日程度。完全に良くなるまで病院でケアをする日本と違い、病院とGPの役割分担がはっきりしているオーストラリアでは病院の役割もより明確だという。また、看護師の権限が日本よりも格段に大きいオーストラリアでは医師の役割も日本とは異なる。様々な点でこれまでと違う環境で働くことは縄田さんにとって大きな変化だったが、それらを受け入れ、そして日本を外から見ることで自身の価値観にも変化があったという。
「こちらにきて見直すのは日本の素晴らしさです。物の品質や人への気遣い、均質を重んじ、空気を読んで全体のバランスを取ることに日本は優れています。でもここに来てからは空気を読まない"鈍感さ"が物事を好転させることもあり、目先の雰囲気や結果だけに囚われずに長期的な視点をもつ勇気も大切だと思うようになりました」。
日々の診療の中でも貫くべきものを一本持っておきたい、と語る縄田さんはここでの成果も認められ、2年間の予定だった勤務が3年に延長されることとなった。
子どもたちに
「ゆったりとしたアデレードの生活のおかげで、家族と過ごす時間が長くなって本当によかったです」という縄田さんは、3児の父としても充実したアデレードライフを過ごしている。また、自らは大学時代にやっていたサッカーを、日本では知り合うことがないような異業種の人たちや若い世代の人たちと一緒に楽しむことも忘れない。
そんなリラックスした中で縄田さんが思うことは、今の海外生活経験が子どもたちに良い影響として残ればいい、ということ。「子どもたちには自分のことややりたいことをじっくり考えてから、何かに対してモチベーションを高く持って進んでいって欲しいです」。
その意味ではオーストラリアの学生は本当の意味で勉強ができる人が多い印象、と語る縄田さんは自分、そして家族にとっても今回のチャレンジの成果を実感している。
取材:2012年12月