Dr 早坂のワイン酔もやま話 「タンニンの謎」
早坂洋司
工学博士。1980年代に家族と共にオーストラリアに移住。現在オーストラリアワイン研究所でSenior Research Scientist として勤務。
趣味はワインを飲みながら藤沢周平を読むこと。2005年に生物学でイグ・ノーベル賞受賞。
タンニンの謎
攻撃的・野生的・むき出しの粗さが徐々にバランスよく丸味を帯び、ビロード・シルクの様な感触に変質していく。ヤンキー娘が淑女に変身する話ではなく、タンニンの一生。赤ワインの成分で最もミステリアスな存在。タンニンは破砕・発酵によって果皮・種から解き放たれた瞬間から厳しい世間の風に曝される。酸素や酵素の攻撃、蛋白や多糖類の拉致、発酵生産物・ブドウ成分の干渉を受けて、タンニンの実体は目まぐるしく変わる。
タンニンは主にカテキンやエピカテキンの重合体で、分子のサイズが大きくなると渋みも増す。渋柿の渋み成分と同じだ。干し柿が渋くないのは、日干しの過程でタンニン同士が結合し大きくなり過ぎ不溶化する為。ワインの場合も同じように、大きなタンニンが蛋白・多糖類やタンニン同士の結び合いにより不溶化し澱になる。この反応がゆっくり進み、結局小さいタンニンだけが残り、渋みの弱いまろやかなワインになるとの説がある。
だが、話はそう単純ではない。ワインのタンニンが時間とともにどう変化するか?品種によりタンニンのインパクトが違うのは何故?同じ品種でも良し悪しがあるのは何故?良いタンニンになる為に酸素は必要?その役割は?タンニンの物理化学的性質と味覚の関係?などなど疑問が一杯。タンニンの謎を解明する事は、世界中のワインに携わる科学者の夢でもある。
経験豊かなワインメーカーは、ブドウの色と味を見て、Great wineになるポテンシャルを見抜く。それは上質なタンニンがすでにブドウの中で息づいているからだ。ブドウのポテンシャルは、適正なワインメーキングの環境により花開く。ポテンシャルが無い場合は、それなりのワインになる。ヤンキー娘がそれなりのオバサンに成る様に。