ワイン

Dr 早坂のワイン酔もやま話 「香りのマジック」

早坂洋司
工学博士。1980年代に家族と共にオーストラリアに移住。現在オーストラリアワイン研究所でSenior Research Scientist として勤務。
趣味はワインを飲みながら藤沢周平を読むこと。2005年に生物学でイグ・ノーベル賞受賞。

香りのマジック
ワイナリーめぐりは婚活と似ている。ボトルとラベルのデザインで容姿と趣味の良し悪しを観察、説明書きで氏と育ちの情報取得、香りで鮮度チェックと隠れた欠陥探索、飲み口でトータルな相性評価、テキスチャーと厚みで将来性の予測、そして値札で買得か否かの最終結論。この手順を繰り返しながら、自分に最適なワインを選ぶ。ただ婚活の場合、選んだワインは一生かけて最後の一滴まで飲み干す覚悟が必要。お忍びテースティングには御用心。

ワインの美味しさは、当然ワインに含まれている成分の種類とそれらの量で決まる。ワインはアルコール飲料の中で最も多種類の成分を含む。一滴の赤ワインにはブドウ由来成分、アルコールとマロラクテック発酵生産物、樽材からの抽出物、酵母自体からの溶離成分、それらの反応・分解生成物など約1000種類の成分がひしめき合っている。量的な割合は、水・アルコールが大部分(95%以上)を占め、グリセロールや酒石酸等が数%で続く。タンニンなどのポリフェノールは多くても0.5%程度に過ぎなく、香り成分にいたってはノミの涙。ワインの芳香成分の研究では、1リットルのワインに0.000001グラム程度(0.0000001%)しか存在しない物質を探索するのは日常的なことだ。これは人間の鼻が、如何に微量の芳香成分の匂いを嗅ぎ取ることが出来る事を意味している。

何で微量の香り成分の研究をするか? あるイオウ化合物は、微量だとパッションフルーツの香りだが、ある量を超えると猫のオシッコのような不快な臭いになる。香り成分を適量に維持される事は良いワインの条件である。この香り成分の量を、栽培学的、醸造学的にコントロールできれば、極上な香りのバランスを持った夢のワインが......?