今更聞けないフィロキセラと古木ワインの話
松田なつみ (Natsumi Matsuda)
福島県福島市出身。学生時代をアメリカで過ごし、東京で就職。ワインスクールに軽い気持ちで通ったのをキッカケにワインに魅了され、JSAワインエキスパートの資格を取得。2023年にアデレードに移住し、日本語ワイナリーツアー会社を立ち上げて活動中。オーストラリア生活は15年目。
[ winejoy.com.au ]
バロッサ・ヴァレーやマクラーレン・ヴェイルのワイナリー巡りをしていると、「オールド・ヴァイン(古木)」という言葉を目にしたことはありませんか? 南オーストラリア州には世界有数の古木ブドウ畑が広がっていますが、なぜこれほど古い木が残っているのかご存知でしょうか? その背景には、ワイン史上最大の危機とも言われる「フィロキセラ」という害虫の存在が関係しています。
フィロキセラとは?
ワインの歴史を語る上で欠かせないのが「フィロキセラ(Phylloxera)」という害虫です。フィロキセラはブドウの根に寄生するアブラムシの一種で、根を食害することで樹木を衰弱させ、最終的には枯死させてしまいます。19世紀後半、ヨーロッパを中心に世界中のブドウ畑を壊滅させました。
当時のヨーロッパではブドウ畑のほぼ全域がフィロキセラの被害を受け、一度は壊滅状態に陥りました。現在では、アメリカ原産の台木に接ぎ木することでブドウ樹を守っていますが、この方法が確立するまでには多くの試行錯誤がありました。
しかし、南オーストラリア州は特異な地理的条件と厳格な防疫対策により、フィロキセラの侵入を防ぐことに成功しました。そのため、ここには世界的にも珍しい「接ぎ木されていない」古木のブドウ樹が多く残っています。これにより、南オーストラリアは世界最大級の古木ブドウ畑を誇る産地のひとつとなっています。
ワイナリーで「ブドウ畑に入らないでください」というサインを見かけることがありますが、これはフィロキセラを持ち込ませないための重要な措置です。畑を守るためにも、指示には必ず従いましょう。
古木ワインとは?
古木ワインとは、樹齢の長いブドウ樹から造られるワインのことを指します。一般的に、35年以上のブドウ樹から収穫されたブドウを使ったワインが「オールド・ヴァイン」と呼ばれます。特に100年以上の木から造られるワインは希少価値が高く、世界中のワイン愛好家から注目されています。
古木のブドウ樹は収量が少なく、根が深く張ることで土壌のミネラルを豊富に吸収し、より凝縮感のある風味を生み出します。その結果、古木ワインは果実の濃厚さ、複雑味、バランスの取れた酸味を持つことが多く、長期熟成に適しています。また、生産量が限られているため、高級ワインとして扱われ、市場でも高値で取引されることが多いです。
南オーストラリア州に残る古木のブドウ畑
南オーストラリア州には、フィロキセラの影響を受けずに生き延びた100年以上の古木が多く存在します。特にバロッサ・ヴァレー、マクラーレン・ヴェイル、クレア・ヴァレーなどでは、世界最古級のシラーズやグルナッシュ、カベルネ・ソーヴィニヨンの樹が今も実をつけています。
例えば、バロッサ・ヴァレーには「バロッサ・オールド・ヴァイン・チャーター(Barossa Old Vine Charter)」という制度があり、樹齢35年以上のものを「オールド・ヴァイン」、70年以上を「サバイビング・ヴァイン」、100年以上を「センテナリー・ヴァイン」、125年以上を「アンセストラル・ヴァイン」と分類しています。こうした古木から造られるワインは、複雑味と奥深さを兼ね備え、まさに時を味わう一杯と言えるでしょう。
オーストラリアを代表する古木ワイン
南オーストラリア州のイーデン・ヴァレーには、オーストラリアを代表する古木ワインのひとつであるHenschke "Hill of Grace" Shirazがあります。160年以上の単一畑のシラーズから造られ、接ぎ木されていないブドウ樹の個性を反映したエレガントな長期熟成型ワインです。ブラックベリーやダークプラムの豊かな果実味にスパイスやハーブの複雑なニュアンスが重なり、深みのある味わいが特徴です。オーストラリア全土のブドウをブレンドして造られるPenfolds Grangeとは対照的に、単一畑の個性を際立たせたワインであり、それぞれが異なるアプローチでオーストラリアを代表する高級ワインとしての地位を確立しています。
おすすめの古木ワイン
南オーストラリア州の古木ワインの中でも特におすすめしたい銘柄をご紹介します。古木ワインは一般的に高級なものが多いですが、比較的手に入りやすい価格帯の中からも、優れた品質を誇るワインを選びました。
- Langmeil "The Freedom 1843" Shiraz(バロッサ・ヴァレー)
- 177年前に植えられたシラーズの古木から造られる、バロッサ・ヴァレーの象徴的なワイン。ブラックベリーやダークプラムの果実味にスパイス、リコリス、ダークチョコレート、ローストミートの香りが調和し、しっかりとしたタンニンが全体を引き締める。リッチでありながらエレガントな口当たりと、長い余韻を持ち、熟成によってさらに複雑さが増す一本。
- 177年前に植えられたシラーズの古木から造られる、バロッサ・ヴァレーの象徴的なワイン。ブラックベリーやダークプラムの果実味にスパイス、リコリス、ダークチョコレート、ローストミートの香りが調和し、しっかりとしたタンニンが全体を引き締める。リッチでありながらエレガントな口当たりと、長い余韻を持ち、熟成によってさらに複雑さが増す一本。
- Cirillo "1850s Old Vine" Grenache(バロッサ・ヴァレー)
- 世界最古級のグルナッシュ畑から生まれるワイン。バロッサの砂地に根付いた1850年代の古木から収穫されるブドウを使用し、プラムやベリー系果実の凝縮感にジンジャースパイス、野イチゴ、紫の花の華やかな香りが加わる。奥行きがありながらも、フレッシュさとクリアな味わいが特徴。超微細なタンニンが余韻を引き締める、エレガントで長命なグルナッシュの逸品。
- 世界最古級のグルナッシュ畑から生まれるワイン。バロッサの砂地に根付いた1850年代の古木から収穫されるブドウを使用し、プラムやベリー系果実の凝縮感にジンジャースパイス、野イチゴ、紫の花の華やかな香りが加わる。奥行きがありながらも、フレッシュさとクリアな味わいが特徴。超微細なタンニンが余韻を引き締める、エレガントで長命なグルナッシュの逸品。
- Petaluma "Hanlin Hill" Riesling(クレア・ヴァレー)
- 1968年に植えられた古木のリースリングから造られるワイン。スレート土壌と地中海性気候の影響を受け、ライムのようなシャープな酸味とピュアな果実味が特徴。ジャスミンやエルダーフラワーの華やかなアロマが広がり、フレッシュなリンゴやスパイスのニュアンスが加わる。若いうちから楽しめるが、熟成するとさらに複雑な味わいに変化するワイン。
- 1968年に植えられた古木のリースリングから造られるワイン。スレート土壌と地中海性気候の影響を受け、ライムのようなシャープな酸味とピュアな果実味が特徴。ジャスミンやエルダーフラワーの華やかなアロマが広がり、フレッシュなリンゴやスパイスのニュアンスが加わる。若いうちから楽しめるが、熟成するとさらに複雑な味わいに変化するワイン。
ワインを通して、オーストラリアのブドウ栽培の歴史を味わってみてはいかがでしょうか?