こころのはなし

「がんばり過ぎ」に気をつけよう

仁科純⼦ (Junko Nishina)
東京都三鷹市出⾝。関東でのカウンセラー職を経て、2008年にアデレードに移住。フリンダース⼤学院でソーシャルワーク(社会福祉⼠)修⼠号を取得する。 NPOで10年にわたり、⼦育て⽀援やメンタルヘルス、DV問題などを担当。豪州社会福祉⼠協会よりメンタルヘルスソーシャルワーカーの認定を受け、 メディケアが利⽤できる HIKARI Counsellingを2024年に開業。安⼼して話せる場づくりを⼼がけています。
[ hikarico.com.au ]

海外での暮らしは、日本では得られない貴重な経験ができたり視野が広がったりとプラスなことも大きい反面、言葉や文化、風習の違いや慣れ親しんだ環境からの変化などから来るストレスも大きいものです。このコラムでは、アデレード在住のカウンセラー/ソーシャルワーカー(社会福祉士)が、こころの健康について思うこと、暮らしに役立つ情報などをみなさんと共有していきたいと思います。

新首相の「馬車馬宣言」

自民党の高市早苗新総裁が日本ではじめての女性首相に就任しました。その就任演説で、高市さんは党内にむけて「馬車馬のように働いていただきます」と語り、自分も「ワークライフバランスを捨て」、「働いて、働いて、働いて、働いて、働いて、まいります」と述べて日本国内で話題を呼びました。

新首相としての覚悟、意気込みをあらわしているのはわかりますが、この馬車馬宣言は大変ひっかかるものがありました。ワークライフバランスは日本の働く人々にとってまだまだ大きな課題であるなか、国のトップである首相がこのような宣言をするのは、あまりに軽々しく「ワークライフバランス」を扱っていて、 問題意識が欠けているのでは?と感じたからです。

ワークライフバランス

日本にはもともと勤勉を美徳とする考え方があり、一生懸命に働くことは大事なこととされてきました。がんばることに価値をおく文化、ともいえるでしょう。自発的でがんばる分にはいいですが、こころと身体をむしばむような極端ながんばり方を他人に期待したり、部下に強いたりするのは問題です。過酷な長時間労働による過労死、働く人の燃え尽き症候群や精神疾患も長い間にわたって社会問題となってきました。

私自身も20代は夜勤や泊まり勤務があり、週末はいつ休めるかわからないような勤務体制、しかも仕事後の飲み会も仕事のうち、といった激務で極限まで心身をすり減らし、退職せざるを得なかった苦い経験があります。日本とオーストラリアの両方で働いた経験から、オーストラリアでは、一般的に日本よりはるかにワークライフバランスがとりやすい環境が整っているように感じます。多くの職場では、就業時間が終わったら即帰宅することができ、プライベートな時間が大切にされているようです。

「がんばり過ぎ」の弊害

日本と比較するとラーフワークバランスは取りやすいオーストラリアですが、カウンセラーとして話を伺うなかで、特に日本人の方から「がんばり過ぎてしまう」という声を聞くことがよくあります。周りからのプレッシャーや期待というより、むしろ「内なる声」として、「もっとがんばらなければ」と自分自身にプレッシャーをかけてしまう場合が多いようです。これは他人から「もっとがんばれ」とハッパをかけられるより厄介です。なぜなら、きびしい批判者としての自分が常に自分を見張っていて、ダメ出しをしているようなものだからです。

がんばり過ぎの問題点とは、どういったものでしょうか。心身に無理をかけ続けると、睡眠や食欲に変化が出るケースが多く、また抵抗力が落ちたり、からだの弱いところに症状が出ることも多いようです。思考力や判断力が落ちたり、忘れっぽくなったり、イライラしたり、気持ちが落ち込んだりといったメンタル面に影響も出ますし、それによって家族や友人など周囲の人との関係にも影響が出がちです。

「余裕をもつ」ことと「休むこと」

もし100%のエネルギーがあったら、どのくらいの余裕を残しておくか。その「余裕」の部分というのが、実はとても大切だと思います。ゴムは両側から引っぱっても手を放せば元に戻りますが、すでに伸びきった状態でさらにひっぱり続けるとパチンと切れてしまいます。人のこころもそれと同じで、すでにエレルギーを使い果たしていっぱいいっぱいの状態では、日々の生活の中で体験するさまざまなストレスや困難をやり過ごしたり、それらに向き合ったり、的確な判断をしたりするのがむずかしくなってしまいます。

アデレードで働き始めたばかりの頃、職場で上司が「私、最近ちょっと変かも。もし私がおかしいと思ったら遠慮なく教えて。そうしたら休暇をとるから」と部下に頼んでいて、 部下も「ちゃんと教えてあげるから大丈夫ですよ、安心して」と答えていて、おもしろい会話だなあと印象に残りました。疲れすぎていたり、無理しすぎていてはよい仕事ができないのは当然ですが、こういう会話は日本では聞いたことがないので新鮮にうつりました。

バロメーターを持とう

ここでちょっと意識をからだの内側に向けてみましょう。「からだは正直」という言葉がある通り、頭で考えるより、からだで感じる感覚の方が、こころのエネルギーがどのくらい保てているかを敏感にキャッチできる場合が多いようです。もちろん状況によっては無理をせざるを得ない時もありますし、自分のペースをコントロールできない場合もありますが、「ちょっと無理しすぎているな」「余裕がなくなってきたな」という段階にくると、こころとからだがどう反応するかを自分なりにわかっていると、「このへんでちょっと休憩しよう」とか「もう少し自分をいたわろう」といった対処もしやすくなると思います。

人によって、どこまでオーケーでどこからが「危険領域」なのかはさまざまですし、その時々の体調や年齢、環境でも違ってきます。いまのエレルギーは80%くらいだな、などと数値化したり、バケツやコップの水などを思い浮かべて容量オーバーをチェックするのもいいでしょう。私の場合は、限界を超えるとウルトラマンの胸のボタン(カラーボタン)が赤く点滅しはじめるイメージが湧いてきて、「ちょっと休まなきゃ」と気がつきます。みなさんは、がんばり過ぎるとどんなことを思い浮かべますか?自分に合った方法で、アクセルとブレーキのバランスの取り方を調整してみましょう。