アデレードで海外修行中・日本初のプロ・ラクロス山田幸代選手にロング・インタビュー
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山田 幸代 プロフィール |
バスケットの国体は、どうしましたか?
8月頃から体力作りを始めようと思っていたのですが、ラクロスに出会って、10月の国体前にはラクロスの面白さにはまっていました。
国体の監督に 「 “今年はラクロスやる” と決めたお前に何を言っても聞かへんことはわかっている。
だが、来年もう一回お前にバスケットボールをやらせたい。だからついて来い。」 って言ってもらいました。
それでついては行きましたけど、その後はやはりラクロスを選びました。
ラクロスってどんなスポーツですか?

シュートをする時のボールがすごく速く、男子だと 130 km、女子でも 90 ~ 120 km 出たりするんで、すごくスピードはあります。
サッカーみたいにずっと走っていて、ゲーム展開が早く、ゴール裏を使えたりするのも面白い。色んなスポーツを併せ持ったのがラクロスと言われています。
1.83 m 四方のゴールにシュートをするんですけど、その前にゴールキーパーが立っているのでサッカーよりも空いているスペースがはるかに少ない。
その中で、あの道具で取って投げる、素手を使えない、足も使えない。
まあ男子はボールを蹴っていいんですけど。
男子は蹴っていいのですか?
元々カナダや北米の先住民から始まったスポーツで、神様の儀式で道具を持って球をすごく遠くまで運ぶっていうのが始まりなんですよ。それをヨーロッパ移民が見たときに、持ってるものが僧侶の杖に見えて、「あれはクロスか?」 って言って、それに冠詞がついて“ラ・クロス”になったんですよ。
それが始まりで、それをヨーロッパ系の移民がイングランドを中心にヨーロッパに持って帰って広めたのが女子ラクロス。だからスカートをはいています。
先住民がそのまま格闘技のような感じで広めていったスポーツが男子ラクロス。
元々接触が禁止っていうのが女子なのでルールが全然違う。違うスポーツと言っていいくらい。
「生まれはひとつなんですけど、育ちが違う。」みたいな。
簡単に言うと、男子はヘルメットとプロテクターをつけて 10 対 10 で激しく接触しながらボールを奪い合い得点を入れあう。女子はマウスピースとアイガードを付けて激しい接触を極力避けてボールを奪い合い得点を入れあうという感じです。女子は日本やワールドカップだと 12 対 12 なんです。
ただ、ルール上では女子の接触は禁止なのですが、実際の試合はかなり激しくて、アメリカとの試合では顔を殴られて一生の傷になったんです。杖で顔面を殴られるんですよ。だからマウスピースは必須ですね。
でも、子供たちには危なくないようなルールに変更して普及をしていますのでご安心ください。
なぜ、ラクロスにはまったのですか?
バスケットは素手でボールを扱うじゃないですか。ラクロスは道具を使って捕って投げるでしょ。その動作がすごく新鮮で、面白いなって。
それにラクロスはまだまだ新しいスポーツで、たまたまやり始めた私が関西の20歳以下代表の選考会にいきなり呼んでもらって、それがまた 「面白いな」 って。結果がついてくるから、さらにどんどんどんどんやりたくなって。
大学1年の10月から本格的にラクロスを始め、2ヵ月後の12月には選考会に呼ばれ、翌年8月にはユース代表に選出。ラクロスを初めてたった1年でフル代表に呼んでもらえたんですよ。
どういう経緯で、1年でフル代表になったのですか?
ラクロスを始めてから10ヵ月後の8月に21歳以下代表を選考する全国合宿があり、関西代表15人の1人として呼ばれたんです。その合宿でフル代表の大久保監督に目をつけてもらい、呼んでもらったのがフル代表のきっかけです。ラクロスを始めて1年で呼んでもらったことに “これは面白い” とはまりました。

他のスポーツはみんな小さい時から始めるけど、ラクロスは大学から始める人が多いんです。
「よーい、ドン」 が一緒なので、結果がすごく見えやすいし、今までやってきたバスケットボールの経験が通用する部分もあったりするんです。だから面白くて「あ、これならやっていける。」みたいな。
私の大学はめちゃめちゃラクロスが弱かったんですけど、みんながすごく楽しくラクロスをやっていました。
私も楽しくスポーツをすることが好きなんです。「面白い。」 でも 「このメンバーで勝ちたい。」 ってなって、それが逆に良かったと思います。
強いチームに入っていたら、そこまで結果を求めてやってなかったかも知れない。楽しかったのが一番です。
遊びも100%、ラクロスも100%だったので、ラクロスをやめたいと思ったことは大学時代はなかったです。
社会人になってからはちょっと違うけど。



