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Interview

アデレードで海外修行中・日本初のプロ・ラクロス山田幸代選手にロング・インタビュー

山田 幸代

プロフィール
1982年8月18日生 25歳

2007年9月にプロ宣言し、現在は日本初のプロラクロス選手として活躍中。
2008年3月より8月まで、世界トップ・レベルを誇るオーストラリア・アデレードでラクロスの修行中。
       

小学校時代より、親の「何でもやってみなさい。続くんやったら続けなさい。」の教育方針の元、水泳、バドミントン、剣道、野球など多くのスポーツを経験。小学校の最後まで続いたのが、水泳とバドミントン。

中学校ではバドミントン部に入る予定が、友達との出会いでバスケットボール部に入部。
中学生時代は市大会でも勝てない弱小バスケットボールチームだったが、その面白さにはまる。バスケットボールの強豪校の先生が大会で相手チームの選手を見に来ていたとき、たまたま彼女のプレーを見て、「あなたの様に楽しくバスケットボールをする子を見たことがない。」と声をかけられる。

中学卒業時には、その強豪校よりスポーツ推薦をもらい、進学する。
ポジションは中学時代のガード(ゲームメーカー)から一転、高校ではシューター(シュートを狙うポジション)に転身。高校1年生時からレギュラーとなり、3年連続で全国大会に出場した。
高校では厳しい練習・合宿で年間360日バスケットボールに明け暮れる。
何度も合宿から逃げだしたほど、厳しい生活を送るが、バスケットボール好きの気持ちと持ち前の明るさで、キャプテンも務めチームを牽引した。

高校でバスケットボールに対しての達成感と燃えつき感を感じ、選手としての大学推薦を断り、指定校推薦でバスケットボール部の無い大学に進む。大学生活をエンジョイしようと入ったが、同じタイミングで国体のバスケットボール選手に選ばれ、大学1年の10月に国体へ出場するため選抜チームの練習へ参加することに。

国体に向けたトレーニングのために部活を探しているとき、クラスメイトがラクロスをしていたので、1度だけ飛び入り参加のつもりで朝の練習へ行く。
そこでラクロスに出会い、衝撃を受ける。

バスケットの国体は、どうしましたか?

8月頃から体力作りを始めようと思っていたのですが、ラクロスに出会って、10月の国体前にはラクロスの面白さにはまっていました。
国体の監督に 「 “今年はラクロスやる” と決めたお前に何を言っても聞かへんことはわかっている。
だが、来年もう一回お前にバスケットボールをやらせたい。だからついて来い。」 って言ってもらいました。
それでついては行きましたけど、その後はやはりラクロスを選びました。

ラクロスってどんなスポーツですか?

「フィールド最速の格闘技」 と言われていて、ボールを奪うために男子だと棒で殴り合いをするんです。激しさとスピードを持ち合わせた魅力があって、女子でも激しい接触があったりするもんで、女の子がマウスピースをしてする数少ないスポーツです。
シュートをする時のボールがすごく速く、男子だと 130 km、女子でも 90 ~ 120 km 出たりするんで、すごくスピードはあります。
サッカーみたいにずっと走っていて、ゲーム展開が早く、ゴール裏を使えたりするのも面白い。色んなスポーツを併せ持ったのがラクロスと言われています。
1.83 m 四方のゴールにシュートをするんですけど、その前にゴールキーパーが立っているのでサッカーよりも空いているスペースがはるかに少ない。
その中で、あの道具で取って投げる、素手を使えない、足も使えない。
まあ男子はボールを蹴っていいんですけど。

男子は蹴っていいのですか?

男女ではルールが全然違います。
元々カナダや北米の先住民から始まったスポーツで、神様の儀式で道具を持って球をすごく遠くまで運ぶっていうのが始まりなんですよ。それをヨーロッパ移民が見たときに、持ってるものが僧侶の杖に見えて、「あれはクロスか?」 って言って、それに冠詞がついて“ラ・クロス”になったんですよ。
それが始まりで、それをヨーロッパ系の移民がイングランドを中心にヨーロッパに持って帰って広めたのが女子ラクロス。だからスカートをはいています。
先住民がそのまま格闘技のような感じで広めていったスポーツが男子ラクロス。
元々接触が禁止っていうのが女子なのでルールが全然違う。違うスポーツと言っていいくらい。
「生まれはひとつなんですけど、育ちが違う。」みたいな。
簡単に言うと、男子はヘルメットとプロテクターをつけて 10 対 10 で激しく接触しながらボールを奪い合い得点を入れあう。女子はマウスピースとアイガードを付けて激しい接触を極力避けてボールを奪い合い得点を入れあうという感じです。女子は日本やワールドカップだと 12 対 12 なんです。
ただ、ルール上では女子の接触は禁止なのですが、実際の試合はかなり激しくて、アメリカとの試合では顔を殴られて一生の傷になったんです。杖で顔面を殴られるんですよ。だからマウスピースは必須ですね。
でも、子供たちには危なくないようなルールに変更して普及をしていますのでご安心ください。
 

なぜ、ラクロスにはまったのですか?

バスケットは素手でボールを扱うじゃないですか。ラクロスは道具を使って捕って投げるでしょ。その動作がすごく新鮮で、面白いなって。
それにラクロスはまだまだ新しいスポーツで、たまたまやり始めた私が関西の20歳以下代表の選考会にいきなり呼んでもらって、それがまた 「面白いな」 って。結果がついてくるから、さらにどんどんどんどんやりたくなって。
大学1年の10月から本格的にラクロスを始め、2ヵ月後の12月には選考会に呼ばれ、翌年8月にはユース代表に選出。ラクロスを初めてたった1年でフル代表に呼んでもらえたんですよ。

どういう経緯で、1年でフル代表になったのですか?

ラクロスを始めてから10ヵ月後の8月に21歳以下代表を選考する全国合宿があり、関西代表15人の1人として呼ばれたんです。その合宿でフル代表の大久保監督に目をつけてもらい、呼んでもらったのがフル代表のきっかけです。ラクロスを始めて1年で呼んでもらったことに “これは面白い” とはまりました。
 

こんなことが実現するのも、ラクロスだったからだと思います。
他のスポーツはみんな小さい時から始めるけど、ラクロスは大学から始める人が多いんです。
「よーい、ドン」 が一緒なので、結果がすごく見えやすいし、今までやってきたバスケットボールの経験が通用する部分もあったりするんです。だから面白くて「あ、これならやっていける。」みたいな。

 

私の大学はめちゃめちゃラクロスが弱かったんですけど、みんながすごく楽しくラクロスをやっていました。
私も楽しくスポーツをすることが好きなんです。「面白い。」 でも 「このメンバーで勝ちたい。」 ってなって、それが逆に良かったと思います。
強いチームに入っていたら、そこまで結果を求めてやってなかったかも知れない。楽しかったのが一番です。
遊びも100%、ラクロスも100%だったので、ラクロスをやめたいと思ったことは大学時代はなかったです。
社会人になってからはちょっと違うけど。