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エッセィ 「永住権、その先に・・・。」 

25歳の青年が語る本音の永住権 & その後  エッセィ投稿 from Japan


18才の時、はじめてワーキングホリデーでオーストラリアに来たときに、漠然とこの国に住めたらいいなぁと思いました。

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その夢を実現するため、2004年2月(当時20歳)からの2 年間TAFE で彫金を学び、卒業と同時に彫金師(Jeweller)として永住権を申請、仕事も在学中からインターンシップとして通っていた、工房を備えたジュエリーショップでそのまま働くことになりました。

スムーズに仕事も決まり、卒業後も順風満帆かと思っていたのですが、数ヶ月もしないうちに現実の厳しさを見ることになりました。

工房での制作がメインだった仕事が、英語と日本語が話せるという事で、いつのまにかセールスがメインになり、「あれ、何かが違う・・・」 と悩む日々。

 

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最初のうちはこれも勉強と前向きに捉えていたのですが、支店のあるエアーズロックリゾートでの1ヵ月半に及ぶ 販売がメインの出張を期に、やはり制作がしたいという思いが強くなりました。
アデレードに戻ってから上司と本音で話し合った結果、お店としてはセールスを続けて欲しいということで、退社を決意。
 

 

仕事を辞めてから、少しの間ゆっくりしようかと思ったのですが、何もしていない状況が嫌になり、自分でデザインしたオリジナルジュエリーを制作し販売することにしました。
制作場所はTAFE 時代の先生に相談して、Handorf にある先生の工房のスペースが借りれることになりました。
販売先も委託販売という形で以前知人の紹介で知り合った Urban Cow Studio  で置いてもらうことに。

ただ、オリジナルのジュエリーを販売するだけでは生活費をまかなうことは出来なかったので、学生時代にしていたレストランのアルバイトを再開。朝9 時から4 時までHandorf の工房でジュエリーを作成し、夕方からレストランでアルバイトをするという日々が始まりました。

働いていたジュエリーの工房

試行錯誤をしながらも次第にコンスタントに売れるデザインも出てきて、それなりに充実した楽しい毎日でした。
自分でデザインしたものが売れているし、1 週間のスケジュールもそれなりに自分でコントロール出来、プライベートで友達と会う時間もあるし。
しかし、その一方で「いつまでこのアルバイトをしながらという生活が続くのだろう・・・」という、先が見えてこない将来に対する漠然とした不安は常にもっていたように思います。

いつまでこの生活が続くのだろう・・・。


今思えば、そのような不安を抱えつつあの生活を続けていたのは、永住権を申請中という状況だったからだと思います。

「とりあえず、今は永住権を申請中だし、永住権が下りてから考えよう」と。

そんな説得力があるようでまったくない理由で問題を先送りにしていました。
もちろん、そんな自分にどこかで気がついていたのだけど、正面から向き合う勇気もなく、見てみないふりを決めこんでいました。

そんな日々を送っているうちに転機は突然やってきました。
2007年、年が明けると共に永住権が下りたのです!!
エージェントから「もう少し時間がかかるのではないか」と言われていたので、正直驚きました。これまで、数年間、紆余曲折がありながらも永住権を取得するためにやってきたので、その知らせを聞いた時は本当に鳥肌が立つくらい嬉しかったのを覚えています。

しばらくは、「永住権が取れたんだんだぁ」という感慨にふけっていたのですが、いつまでもそれだけという訳にはいかず、将来のことを考えることに。しかし、これから何をしていきたいのか、どうしていきたいのかがまったく見えてこなかったのです。

これまで、永住権を取得することにフォーカスしてきて、「何かあっても永住権を取るまでは」 と頑張ってきたので、いざ永住権が取れると次に何をしていいのか、どうしたいのかが分からなくなってしまいました。
長い間目指してやってきた一つの目標を達成し、急に目標を見失ってしまった。

まさに、燃え尽き症候群 ですね(笑)

しばらく悶々とした日々が続きましたが、ある日、本屋 に行った時に、ふと、デザインの雑誌を自然と手にしている自分に気がついたのです。「あれ? そういえば今までジュエリーの雑誌を読んだりした事は無かったな・・・」 と。

最初にTAFE でJewellery を専攻すると決めたのは、永住権を見据えてというのが一番の理由でした。
勉強し始めるとそれなりに楽しく興味を持ってやっていると思っていたのですが、永住権を取得しJewellery を始めた目的を達成すると、実はそこまでJewllery に興味がなかったのではないか、これまで自分を騙し騙しやってきてたのではないかという思いが強くなっていきました。

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一度そのことに気がつくと、頑固な性格もありJewellery をこれからも制作していくことに魅力を感じられなくなり、スパッと止めることにしました。

仕切りなおしという事で、一度初心に戻ってこれから何をしてきたいのかを考え直しました。

永住権を取得したことによりオーストラリアに住むことは出来るけれど、
オーストラリアに住むことを目的にするのではなく、
オーストラリアで何をしていくのかに重きを置かなければいけない
のではないかと

もちろんそんなに簡単に答えなど出る訳もなく、色々と考えていた時に、バイト先の元社員さんでもある友人夫妻が知り合いのシェフの方と新しいお店を開くので、それに伴うグラフィックデザインをやらないかと声をかけてくれたのです。

トライアルで出したものを気に入ってもらい、名刺や看板などのデザインを担当させてもらいました。
更に、お店のWeb サイトも作りたいからWeb も出来ないかと言ってもらったのですが、当時はWeb に関してはまったく知識がなく断ることに。せっかく貰ったオファーを断るという悔しい思いをしましたが、今までまったく考えてなかったWeb デザインという道もあるんだなぁと興味を持ち始めました。

初めは興味があるといった程度だったのですが、ショートコースに通ってアプリケーションの使い方を習ったりしているうちに楽しくなり、Web デザインを本格的にやっていこうと思い始めたのでした。
色々と調べていくと日本の方がWeb デザインは進んでいることが分かり、それまで一度も考えていなかった日本に帰国するということを考え始めました。

あれだけ、オーストラリアでの生活や永住権にこだわっていたのに、日本に戻る事を考えている自分に驚きましたが、性格上一度考え始めると止まらず、そのままの勢いで去年(2007年)の終わりに約4 年ぶりに日本に帰国。

帰国後、就職活動をしました。
 

 

そして、今年(2008年)の2 月から東京のWeb デザイン事務所で働いています

日本での社会経験が無いため、電話の応対や仕事の進め方、ビジネスメールや議事録の書き方など初歩的なことから覚えたりと、オーストラリアでの自由奔放な生活から、月~金、満員電車+残業のおまけ付きの生活に慣れるまで少し時間がかかりましたが、最近やっと落ち着いてきました。

今ここでの経験は、あのままアデレードに残っていたら出来なかった経験だし、時間の使い方によってはとても濃い時間になるのではないかと思う一方、この忙しい生活から抜け出し、早くオーストラリアに戻りたいというのも本音です。
どこに行っても人ごみからは逃れられないですしね(笑)
もちろん、自分もその人ごみを形成している一人なんだけど・・・。

今、それなりにモチベーションをキープして仕事に取り組めているのは、、数年後にもう一度オーストラリアに戻るという計画があるからではないかと思います。
数年前は永住権取得を中心に動いていたように、その時その時で、フォーカスすべきことがあると思うのですが、今は出来るだけ沢山の経験を積んで、色々なことを吸収しオーストラリアに戻れればなと。

近い将来オーストラリアで独立し、毎年休暇で日本に遊びに帰って来る、そんな生活を実現すべく、今出来ることにフォーカスし少しずつ前進していければと思います。

 

2008年8月

 エッセィ by Macchiato
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