
世界からの移民シリーズ Vol.6
ビルマ(ミャンマー)からの移民
「オーストラリアは自分で選んでやってきた土地」、
ビルマ(ミャンマー)出身のリチャードは言う。
オーストラリアに来て半年以上、7月には第二子の誕生を控え、彼は幼い長女の世話、臨月をむかえた妻の世話、運転免許の取得のための勉強と、多忙な毎日をおくっている。
「子どもが生まれる前に車の免許を取っておかないと。車が運転できれば、万が一奥さんが産気づいたとしても病院まで連れていってあげられるから」。就職や将来のことは考えているのかと聞かれると、「今は仕事を探すよりも、勉強したい」と言うリチャードには夢がある。
仏教国というイメージが強いビルマだが、割合は少ないもののキリスト教徒も実は存在している。こうした多民族国家としての様相を認めず、現政権は「統一」という名目のもと、人権侵害、宗教弾圧を行い、多くの人々がビルマ国外へ難民として脱出している。
2002年、リチャードもまた、ビルマからマレーシアへ逃れた。
それまで神学の勉強ひとすじ、伝道活動に身を捧げていた生活が一変した。生きていくためには仕事に就かなければならず、バーで働いた。人手が足らず、掃除、テーブルのセッティング、酒を作り、接客の仕事まで、キッチンカウンター以外の仕事は全部こなした。重労働で大変だったが、初めての仕事は「楽しかった」と、彼は言う。
バー勤めをしながら、同時にコミュニティー活動も始めた。
マレーシアで暮らす同胞たちのために情報誌の編集に携わった。情報誌はA5サイズで20ページほどのもの、内容は主に英文のニュースを翻訳したものや、キリスト教関係の情報を掲載した。
「世界で何が起きているかを知ってもらいたかったし、苦境にある同胞たちに神の愛を説きたかった」。
オーストラリアへは、国連で働いていた弟が先に移住していたことがきっかけでやってきた。
移住先として他の国を選択することもできたが、リチャードはオーストラリアを選んだ。
彼のオーストラリアでの夢は、 「ministry house」 を運営することだ。
ビルマといえば「ビルマの竪琴」を思い出す人もいるのでは・・・
彼のいう 「ministry house」 とは、難民や違法移民を一時的に収容する場所で、食事や寝る場所を提供、就職の世話をする。マレーシアに来たばかりの頃、彼自身が世話になった 「ministry house」 を設立、自らが運営して、難民たちを手助けしたいと考えている。
迫害を逃れ異国へやってきたものの、不法滞在者として警察や当局に追われる人々がいる、そういった人々をかくまい、保護する 「ministry house」 。精神的にも物質的にも難民たちを助けるのが、彼の理想とする 「ministry house」 の姿だ。
「ministry house をつくるという夢の実現のために、英語はもちろん、もっといろいろな事を勉強して、知識を身につけておきたい」という彼は、7月からは、オーストラリア政府が支援するAMEP(Adult Migrant English Programme)が提供する、英語とITが同時に学べるコースを習得する予定だ。現代生活には欠かせない要素となったInformation Technology を学んでおけば、将来の就職に有利に働くかもしれないから、と彼は言う。
勉強と同時に、オーストラリアでも同胞たちのための情報誌のようなものを発行することも彼は考えている。
「難民として孤立しがちな人々をまとめたい」。
インターネット上でのホームページ公開なども視野に入れている。
「世界中の人に情報を発信するには、インターネットを使うのが一番。そのためにも、IT コースで勉強しようと思う。
できたら、Diploma まで、がんばってみたい」。
ビルマ(ミャンマー) サイクロン 緊急支援 にご協力お願いいたします。
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/2008/05/09/6053/post_222.php
Written by Suzy

