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Interview

どのようなきっかけで、ポジティブな状況に変わったのですか?

いろいろな人達との出会いですね。
ラクロスってまだまだマイナーなんですよ。
今までは 「ラクロスってどんなの?」 って言われて 「ラクロスってこういうのですよ。知ってくださいよ。」 ってただ答えていただけだったのですが、今はいろんな人との出会いで 「ラクロスってどんなの?」 って言われたら、それがラッキーやと思うんですよね。ラクロスを知らん人がいるんやったら、どんどん発信できるって。
ラクロスってこんなんですよって、知ってもらえる機会がすごいあるんやなって思ったり。
すると逆にそれが面白くなっちゃって。人とのいろんな出会いはすごく大きいなと思います。

私小さい時から保母さんになりたくて、大学卒業したら免許取って実家帰って保母さんやろうかなって思っていたくらいなんです。そのくらい子供が大好きで、子供にいつも聞くのが 「大きくなったら何になりたいの?」 なんです。

大きくなったら、スポーツだったらプロ野球選手になりたいとかバスケット選手になりたいとかJリーガーになりたいとか、今だったらスケート選手になりたいとかゴルファーになりたいとか、よく聞くんですけど、「ラクロス選手になりたい」 と言う答えは聞いたことがないんです。
私はラクロスが本当に大好きで、ラクロスを伝道していく中で子供達にももっとラクロスのことを知ってほしいと強く思うようになり、普及活動をし始めたんです。

「ラクロスを知ってもらいたい。」 そんな普及活動をする中、ラクロスをやっている同じ様な気持ちを持っている人達が集まって交流し始めました。
ラクロスは練習する専用グランドもないので、「Jリーグのグランドを一緒にコラボしてやりましょう。」 等の問いかけをいろいろし始める中、たまたまBS放送の宮本和知さん(元プロ野球選手)の番組にゲスト出演することがあったんです。
そこで「おまえらは何もないのか?」って言われて、
「何もないです。でもそれがまた面白いでしょ?」 という話になって。
「ウェアーとかも買ってるの?」
「買ってますよ、そりゃ。高いですよ。」 っていう話をしていたら、
紹介してあげるよってヒュンメルさん(現在の山田選手のユニフォーム・スポンサー)をまず紹介してくれました。

でもヒュンメルの担当者の方も全然ラクロスが分からないから、
「ラクロスって何?」
「フュージョン(チーム)ってどこ?」
「山田さんって誰?」
と言われました。

その後、話をして行く中で「まずお手伝いできるところからやっていきましょう。」 と割引でチームに卸して貰えるようになり、その後 「この店から買って下さい。」 と、渋谷にあるスポーツショップの 「ギャラリー2(横浜黒川スポーツ)」 さんを紹介していただきました。
ギャラリー2でお世話になって1年経つ頃、店長の橋本さんの紹介で社長にお会いする機会がありました。
社長もラクロスについていろいろ聞いたり、見たりしてくださり、「お前がそれだけ頑張りたいんやったら応援してみたい。ラクロスにかけてみるか。」と言ってスポンサー契約の話をくださったんです。

それはBS番組に出てからですか?

BS番組に出てから2年後位ですね。
番組を見てもらっていたのと、宮本さんの紹介が結構大きくて、本当に人のつながりですね。
でも宮本さんが一番びっくりしていました。

番組の1、2年後のタイミングで社長さんがそういう形で声をかけてくれたのですか?

店長がずっと 「一回社長に会ってみなよ。」 って私に言ってくれていたんです。
ビーチバレー選手や、フットサルチームをサポートしている企業で、社長も興味を持っているからって。
初対面は2007年の3月頃ですね。

その後、契約をしてもらってプロとして活動していく事になるのですが、普及活動で子供達に教えようにも、場所も道具も何もないからどうしようかと思いました。でも、私こういう性格なので、まずは電話してみようと思って区役所に全部電話したんです。「ラクロスをしている山田です。」 とか言って。「ラクロスやりたいんですけど、どこかラクロスされている場所ないですか?」、「小学校とかで教えているとこありますか?」 って聞きました。
そんな話をして行く中で、一番積極的だったのが江戸川区で、そこの小学校に毎週教えに行けるようになったんです。その後スクールをやらせてもらえるようにもなって、形だけ作ってきてこっちへ来たんですけど、まだまだ人数の関係上スタート!! って感じにはなってないのですが、日本初のラクロススクールももうすぐ始められそうです。
そういうのって、きっかけが大切で、人と人とのつながりや、自分がやりたい!って思うことを素直にやりたいと言える人間だったから良かったなとは思うんです。
そうやって目標を追っている姿勢を社長が感じていただいて、お前のサポーターになるっていうことを社長は言ってくれました。

社長さんがスポンサーになるってことを言われたときは、どんな気持ちでしたか?

「まじですか?!ラクロスですよ、良いんですか?!」 って。
他競技にもあるような契約選手の形で、会社に所属しているのですが、プロ契約はラクロス協会にはないので、初めはすごく難しかったです。プロ規定がないのに、プロと宣言しても良いのかなって。
だけど、ラクロス選手の山田幸代として受け入れていただいたのでそれでいいんだと考えるようになりました。
また、出会った方に紹介してもらった “ライツ” (現在のマネジメント会社) とも、「おもしろい。うちと何かやろう。」 ということで契約し、普及活動も手伝って頂いていて、ラクロスを広めるための手段として、メディア出演の話も頂いています。

プロラクロスプレーヤーは日本では一人ですか?

プロとしては、私一人です。

他の国にはプロ選手は?

アメリカとカナダでは男子のプロリーグがありますが、女子は世界でもラクロス選手としてだけで生活している人はいないと思います。ただ仕事をしながら、スポンサーからお金を貰っている選手はいます。