大学を卒業し、その後の人生に色々選択肢がある中で、当時ラクロスという選択肢はありましたか?
関西は昔は今ほどラクロスのレベルが高くなかったので、今度は一番上の強いリーグとか、強いチームでやってみたくて、レベルの高い東京に出たいと思っていました。

「私はこの企業に入りたいと思って受けに来ましたが、私はその前にラクロスをやりたいです。私たちは土日に練習があるので土日出勤は出来ません。」 って。
さらに、「面接と練習の日程が重なる時があるかもしれないですけど、私は練習を休みたくありません。」 と言い続けていました。今思えばかなり勝手ですよね・・・。
そんな中 「それでも良いよ。」 って、色々と融通をきいてくださった通信関連の企業があり、そこへ入社しました。
入社後、人事の方に 「あんたが今までで一番大変だった。」 と言われました。
ワールドカップのときも、土日休みの部署に行かせてもらい、休ませてもらいました。会社からは「その代わり営業で結果出せよ」 って言われましたが・・・。
「半月休んでも1ヵ月のノルマをこなせ。」 っていうプレッシャーはありましたけど、ちゃんとやりました。
社会人の1年目の時にワールドカップの代表に選ばれたんですよね?
そのワールドカップ出場は、その後のラクロス人生に大きな影響を与えましたか?
影響はすごくありましたね。
ワールドカップのことは思い出したい部分もあるけど、思い出したくない部分もいっぱいあるんです。

私もまだまだ未熟だったので、ワールドカップに参加するレベルの高い人達の中でやったとき、自分と同様にラクロスに全てをかけてきたような人ばかりの中で、自分自身の調整はやはり難しかったです。
その中でも通用する部分、通用しない部分があって、東京に出て初めて一回挫けてしまいました。でもワールドカップに向けて自分はやるっていう目標を立てていたので、ワールドカップの選考に選ばれることを目標にして頑張り、目標を達成してワールドカップに行ったんです。
ただ、その中で自分の弱い部分が全面的に出てしまったことがあって、自分の限界を見たのがワールドカップだったんです。
ワールドカップ前の練習会や遠征時に見えていたら良かったのですが、ワールドカップの当日・試合のときに自分の限界を見たことが自分の中で一番後悔しました。
自分の精神的な弱さとか、プレーが通用しないことなど、自分自身の弱さを見たのがワールドカップだったというのがショックでもあり、収穫でもあったんです。
この出来事は大会前半のタイミングで、後半には調整し直せたので良かったですが。
その当時からラクロスに対して、現在のようなプロフェッショナル意識を持っていたのですか?
日本代表チームとして日の丸を背負って出場しているので、日本代表が勝つことを最終目標に持ち、チームに対して自分がどうプレーするかが選手一人一人の役割だと思います。ただ当時の私はまだまだ未熟だったので、「自分がここまでやりたい。」 というのが先に来てしまって、日本チームとして結果を出したいというよりも、自分が良いプレーが出来なかったときに、すごく落ち込んだりして未熟だったなと思います。
ワールドカップ終了後の2、3年で、すごく自分のメンタルな部分が変わったなと思います。
今の自分は、アクセルかブレーキかっていったらアクセル全開。
こけたらもう一回アクセル踏みなおそうと思えますが、ワールドカップ出場前は、アクセルかブレーキかっていう考えすらもなかったので、そこは反省点だと思います。
トップの大会に出なかったら、このような自分自身のメンタルについて考えることもなかったと思うので、ワールドカップに行って気づけた事が多かったので良かったなと思います。
ワールドカップから帰って来てからはどうでしたか?
2005年のワールドカップでは、1、2位のオーストラリア、アメリカと、3、4、5位のイングランド、カナダ、日本のレベルは全然違いました。そのレベルの差を痛感して帰ってきたワールドカップでした。
また、自分のメンタルの弱さや、そこに調整を持ってこられなかった自分の弱さにも気づきました。
ただ、反対に自分が通用する部分もわかったのは大きかったんです。
今でこそこうやって言えるけど、帰ってきた1年くらいは自分の弱い部分がここまで弱かったんやってもっともっと落ちちゃって、それまで日本でもレギュラーでずっとやってきたのに、そのレギュラーの座も落として、どんと落ちこんだことがあった泥沼の1年でした。

その1年後はいろんな人との出会いがあったり、良い意味での開き直りですけど、「自分が何でラクロスを始めたのか。」
「何で大好きなバスケを止めてでもラクロスを始めたのか。」 と考えました。
やっぱり挑戦することや、結果を求めて努力することが好きなんですよね。
あと 「自分が一番楽しくプレーしている。」 そこが、自分の良さかなと。「何で始めたのか? 面白いからやろ!」 って。
だからラクロスに対しても、原点に戻ってチャレンジすることとか、自分がやりたいことをやってみるっていうことが一番大事やなっていう気持ちになったんです。


