
第5回目は、普段の当たり前が被災した場所では当たり前でなくなっている、ということに焦点を当てたいと思います。
ボランティアのグループが被災地に来たら、まず最初に行うのが、ブリーフィング。ボランティアをするにあたっての不安、恐れ、期待についてシェアし合ったり、日々変わる被災地の状況を説明したりします。その中で何よりも大切なのが、ボランティアに来てくださった人たちに、被災地では私たちの普段の当たり前が当たり前ではないということを知っていただくことです。たとえば…、
家が崩れて瓦礫になっていた場所から瓦礫が撤去されたときのこと。被災地にやって来た人間にとっては片付いてよかったって思うことも、実際にそれが自分の建てた家だったら、思い出が詰まった自宅なら、どう思うだろう。
たとえばその家の持ち主の方に一言声をかけることも難しさがあります。実際に被害に遭わなければ、わからない喪失感や無力感。
片付けが必要なことは、被災した人が誰よりもわかっている、けどそれには心が、ついていかない。
だから、ヘドロにまみれてゴミにしか見えない物も、投げたりせずに丁寧に扱います。
家の持ち主に会うことなく、作業をする日もあります。半壊の自宅を見るのが辛い、津波におそわれた場所に行くのが怖いという状態の方々も多いからです。また、これからの土地利用計画によっては掃除や片付けをした地域が、居住禁止地域になる場合もありました(津波の危険性を考慮した上で行政が決めます)。そういった中で、作業が未来につながるかわからないときも、目の前に与えられたことを行っていくスタンスを持ち続ける必要があります。作業の効率よりも、人とのつながりを大切にしたいからです。忘れられてないということを伝えたいと願うからです。
以前きたボランティアグループで、何を頼んでも本当に気持ちよく作業してくれるチームがいました。そのチームリーダーが言っていたのは、「私たちの雇い人は天の神様ただ一人だから」。神様が、この被災した場所のことも人も愛してるから、私たちもそれが伝わるようにしたいだけ、と。そういうわけだから、見えない床下も、人がずっと入っていない家も、快く働くんですね。
時間とお金があれば、街はいつか復興するでしょう。でも、戻れない場所から来た人たちの心は、「忘れてない」「気にかけてる」、「ほんとに希望がある」って伝えられなくては、立ち上がれないと思います。
写真撮影なども注意しなければならないことの一つです。
非日常的な光景を見ると、夢中でカメラを構えてしまいます。もちろん、母国や自宅に帰り、現状を伝えてさらに助け手を送ってほしいので、撮影が必要な場面もあります。
でも、知らない人に毎日のように許可もなくカメラを向けられたとしたら、どんな風に感じるのか。
その一方で、最近の仮設住宅訪問ではむしろ写真撮影が喜ばれます。
もちろん、ヘドロの掻きだし中だって、撮っていいですかと聞けば喜んで一緒に撮影させてくださる方が多いです。
復興が進んでいる状況を振り返ってみられるのは、とても素晴らしいこと。思い出の写真も全て失った人たちには、一緒に写真撮影も嬉しいことの一つになりますしね。
今回の写真は、土壌調査のお手伝いをしている農家の方と撮りました。犬がルイっていうんですけど、噛むんです(泣)。ボランティアはみんなびくびくもので、だからこんなに離れて写真撮ってるのです(苦笑)。
さて、次回こそ、もっと最近のことを書きたいと思います!
| 第1回 初めまして、 えみです。 |
第2回 農地の被害について |
第3回 新しい場所 |
第4回 世界が東北に やってきた! |