被災地支援の活動日記

第6回:地元が地元を

今回は最近形になってきた支援の働きをご紹介します。

私が主に復興支援のために関わっている教会、シーサイドバイブルチャペル(連載第3回参照♪)。 このチャペルでは、無料ランチを週に一度地域に提供していましたが、無料だと地域の方々との関係を築きづらいこともあり、12月からカフェの有料営業を開始しました。
材料費以外の収益を全て仮設住宅訪問で行っている移動カフェの費用にまわし、地元が地元をサポートできる形を作っています。
カフェ手前部分はギャラリースペース。全国、全世界から届いた励ましの手紙やポスターを張ったり、教会の案内を置いたり。
立派なグランドピアノや、音響設備も整っているので、復興支援ミニコンサートなども開催してきました。最近ではご近所の方々もピアノを練習しにきたり、サックスのミニリサイタルをしてもいいですか、などと話があり、少しずつ地元の方と親しくなれているようで嬉しい限りです。

シーサイドチャペルカフェ営業の収益を片手に、週に一度、この教会が震災前に建っていた地域の方々が避難されている仮設住宅へ出張カフェを開きに行きます。
仮設住宅は、公園や空き地、学校のグラウンドの片隅など、あちこちにまとめて建てられています。少ないところで10世帯、多いところで200世帯ほど。私が主に通っている仮設は、32世帯のこぢんまりしたところです。

レトロなワゴン車でオープンカフェができたら素敵なのですが、実際は仮設に併設されてる談話室でおしゃべり(笑)。座布団を勧め合い、難解な東北弁に耳を(必死で)傾け、毎週いくつか新出単語を学び、まぁ基本的にはほんとおしゃべりするだけ。
この仮設住宅は、もとの近所の方々がほとんど皆一緒に入っている仮設なので、最初からとっても仲良し。とっても明るい雰囲気の仮設です。
そんな居心地のよい仮設に出張カフェをはじめてから5ヶ月ほどが経ちます。まだ、ふとした拍子にでてくる震災時の話。普段明るくても、ご主人やお子さんをなくされた人たち。震災後に仕事がなく、家族がばらばらになった場合もあります。
行き始めたころは、何を言っていいのか、何か聞いてもいいのかさえも、わかりませんでした。
行き始めてしばらく経ったころは、ただ行くだけで、話をきくだけで、なんにもなってないんじゃないかと思ってました。
でも、今は、ただそこにいるだけで、この人たちが好きだっていう理由だけでここにいればいいのだ、とわかってきました。

つい先週、無口なおじいさんが、急に手をついて、
「いつも来てくれて本当にありがとう。お茶っ子(カフェのことです)があるから、こうして、話せるっちゃ。」

そりゃ、おしゃべり好きな人もいれば、おしゃべり特にしない人もいますよね。
でも、それでもよくって、ただそこに行くってだけで、喜んでくれる。
関わっていくのはまだまだこれからだって思います。
1年経とうとしていて、ようやく次の段階が話されつつあります。
ここの仮設の人たちは、もといた土地には戻れないことが決まっています。生まれてからずっと、もしくは何代も住んだ土地ですが、津波危険区域に指定され、公園になるからです。

できれば、また同じみんなで、新しい土地に移りたい、それがここの仮設の希望です。教会もまたこの人たちがいるところに建て直したいという希望です。
震災前はあまり近所に関わってこなかった地域間が、こうして関係を築き、今同じ希望を持っている。
たくさんの人を亡くして、でも、だからこそ一緒にいたい。
元いた場所に戻れなくても、また一緒に生活していきたいって思う関係ができて、本当によかった。
本当の意味の復興ってこういうことかなって、思います。

写真は、仮設と教会(カフェ)でのクリスマス会のときのもの。自分のケーキをデコレーションして食べよう!
1月はお餅つき大会も山ほどやりました。あまったお餅はカフェのランチで登場。
助け合い、助け合い(笑)。

これまでの日記
第1回
初めまして、
えみです。
第2回
農地の被害について
第3回
新しい場所
第4回
世界が東北に
やってきた!
第5回
当たり前ではないこと