TAKAの社長日記
更新日: 2008-05-23
四川の大地震
四川の大地震のニュースを見るたびに涙が出る。
2つほど、ニュースをピックアップしたい。
時事通信社より
白い紙を光にかざすと、かすかに文字が現れた。
「父さん、母さん、ごめんなさい。きっと幸せに…」。
四川大地震で倒壊した校舎から見つかった男子生徒の遺体の脇にあったのは、
細い棒のようなもので刻まれた両親あての「遺書」だった。
12日の地震で、10年ほど前に建てられた5階建ての校舎はつぶれて、2階建てのように姿を変えた。
19教室のうち、体育などで校舎にいなかった3学級を除く生徒が地震で建物の下敷きになった。
「狭い空間の中で、ペンもなく、重傷を負って窮地に追い込まれ、
家族に何を伝えようかと考え、残したものがこのメモだった」
つぶれた校舎の下で生徒たちは互いに励まし合い、そのうちに声が聞こえなくなった生徒もいたという。
産経新聞より
地震発生翌日、四つんばいになった格好で発見された遺体は、倒壊した建物に圧迫されており、
救援隊は立ち去りかけたが、何となく気になり、ふと遺体の下のすき間に手を差し入れたところ、
温かいものに手がふれた。
「赤ちゃんが生きている!」。
救援隊員が叫び、救出作業が再開。
生後3~4カ月とみられる無傷の男の赤ちゃんが毛布にくるまれて発見された。
救援隊員が母親の体を調べると手に握られた携帯電話の画面に、1行のショートメールが残っていた。
「赤ちゃん、もし生き伸びてくれているのなら、私があなたを愛していたことを絶対忘れないで…」。
子を思う母親の愛の深さに、救援隊員も思わず涙を落としたという。
本当に、突然のこんな出来事では、人間は何も出来ない。
ただ、死ぬ前に何かメッセージを残したい。伝えたい。
そんな気持ちの為、最後の力で必死で・・・。
僕は、阪神大震災が起こった1時間半後の朝7時に、弟と二人で、最も被害が大きかった神戸・長田地区にいた。
ふと、あの時、弟と2人で、倒壊寸前の建物から、人を救出した時の光景を思い出す・・・。
あの日は、風が強く、すでに至る所で、火事が起こっていた。
あの時、救出した建物周辺は、その後行ってみると、焼け野が原になっていた。
人の命は、間一髪で助かる事もある。
私は、去年末、59歳の父親を突然死で亡くした。
本当に突然で、前日はゴルフで優勝をするほど元気だったのに、
翌日、朝起きて、トイレに行ったタイミングで苦しみ、その後意識を戻す事なく他界した。
きっと、本当は何かを伝えたかったんだろう・・・。
そんな事を感じる。
私には、妻と3人の子供がいる。
もし、こんな災害に遭遇したら・・・・
そんな事を考えると、涙が止まらない。
最近強く思うのは、人間いつ突然終わるかわからない。
だから、1日1日、自分のやりたいと思っている事を先延ばしにせず、その日のうちに行動するようにしている。
やりたい夢は、追いたいと思っている。このコミュニティサイト運営もそうだ。
あと、メッセージは形に残したいと思っている。
最後に、今回の地震で、亡くなられた方へのご冥福をお祈り致します。
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